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東京高等裁判所 昭和62年(ネ)595号 判決

控訴人 早川キセ

右訴訟代理人弁護士 棚村重信

被控訴人 関昭

右訴訟代理人弁護士 金田善尚

主文

原判決を取り消す。

被控訴人は、控訴人に対し、別紙物件目録記載の土地につき、新潟地方法務局見附出張所昭和五九年一月一二日受付第二七〇号所有権移転登記の抹消登記手続をせよ。

訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、控訴人

1.(控訴―主位的請求)

主文第一、二項同旨

2.(当審で追加した予備的請求)

被控訴人は、控訴人に対し、金七五二万七〇〇〇円及びこれに対する昭和五九年一月一二日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

3. 主文第三項同旨

二、被控訴人

1. (控訴に対して)

本件控訴を棄却する。

2. (予備的請求に対して)

控訴人の予備的請求を棄却する。

3. 控訴費用は控訴人の負担とする。

第二、主張

(主位的請求関係)

一、控訴人の請求原因

1. 別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)は控訴人が所有してきたものである。

2. 本件土地につき、新潟地方法務局見附出張所昭和五九年一月一二日受付第二七〇号をもって被控訴人を権利者とする所有権移転登記がなされている。

3. よって、控訴人は被控訴人に対し右登記の抹消登記手続を求める。

二、請求原因に対する被控訴人の認否

請求原因1及び2の事実は認める。

三、被控訴人の抗弁

1. 訴外関トシ(以下、「トシ」という。)は、昭和五八年一〇月一一日控訴人に対し三〇〇万円を、弁済期同月末日と定めて貸し渡した。

2. 控訴人は、同年一一月上旬トシとの間で、右三〇〇万円の弁済に代えて本件土地の所有権をトシに移転する旨の代物弁済契約を締結した。

3. トシは、その後本件土地を被控訴人に三〇〇万円で売却し、控訴人の承諾を得て控訴人から直接被控訴人名義に所有権移転登記をした。

四、抗弁に対する控訴人の認否

1. 抗弁1の事実は認め、2及び3の事実は否定する。

五、控訴人の再抗弁

1. (錯誤及び公序良俗違反)

被控訴人主張の代物弁済があったとしても、それは次に述べる理由により無効である。

すなわち、控訴人は本件土地が時価一〇五二万七〇〇〇円以上であるのに、これを三〇〇万円位であると誤信し、本件代物弁済契約をしたもので、目的物の価値という重要な部分に錯誤があったから、控訴人の意思表示は無効である。

また、右代物弁済は控訴人の窮迫無経験に乗じ、きわめて短い期間で債権額の三・五倍から四倍もの価値のある本件土地を取得しようとするものであるから、公序良俗に違反し無効である。

2. (仮登記担保法二条に基づく主張)

控訴人は、本件土地をトシに対する債務の担保とするため、本件土地の権利証、控訴人の委任状及び印鑑証明書をトシに交付し、トシは昭和五八年一一月二日本件土地につき代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をした。これは仮登記担保にほかならないところ、トシは控訴人に対し仮登記担保契約に関する法律二条に定める清算金の見積額の通知をすることなく、控訴人から被控訴人への本件所有権移転登記をなさしめたのであり、末だ所有権移転の対力は生じていない。

六、再抗弁に対する被控訴人の認否

1. 再抗弁1の事実は否認する。

2. 同2のうち、トシが控訴人から権利証、委任状及び印鑑証明書の交付を受け、昭和五八年一一月二日控訴人主張の仮登記をしたことは認めるが、その余は争う。トシは控訴人に金銭を貸し付けたときに右権利証を預ったが、本件土地につき代物弁済予約その他の契約をしたわけではない。昭和五八年一一月二日控訴人から本件土地を代物弁済としてとってほしいとの申出を受けて承諾し、これにより本件土地の所有権を取得したのであり、仮登記担保の実行として本件土地を取得したものではない。

七、被控訴人の再々抗弁

1. (再抗弁1に対して)

仮に控訴人において代物弁済契約の要素に錯誤があったとしても、控訴人は事前に本件土地の時価を調査すれば容易に知り得たのにそれをしないで、控訴人の方から代物弁済を申し出てその旨の契約をしたのであるから、控訴人に重大な過失があり、控訴人から錯誤による無効を主張することはできない。

2. (再抗弁2に対して)

仮にトシの所有権取得の手続に違法があったとしても、控訴人は本件土地の所有権がトシを経て被控訴人に移転することを承認し、中間省略により本件所有権移転登記をしているのであるから、信義則上被控訴人の所有権を否定して所有権移転登記の抹消を求めることは許されない。

八、再々抗弁に対する控訴人の認否

再々抗弁1及び2の主張は争う。

(予備的請求関係)

九、控訴人の予備的請求原因

1. 控訴人は、前記五2記載のように、トシに対し本件土地を仮登記担保に供していたのであるから、トシが本件土地の所有権を取得するためには、仮登記担保契約に関する法律に定める手続を履践しなければならないのに、これをしないまま昭和五九年一月一二日にわら人形的役割の被控訴人(トシの養子)名義に所有権移転登記をしてしまった。このまま被控訴人が本件土地を取得するとすると、被控訴人は本件土地の右登記時における時価一〇五二万七〇〇〇円と控訴人の債務額三〇〇万円との差額七五二万七〇〇〇円を法律上の原因なく不当に利得することになる。

2. よって、控訴人は被控訴人に対し、予備的に不当利得返還を請求する。

一〇、予備的請求原因に対する被控訴人の認否

請求原因のうち登記の事実のみを認め、その余はすべて争う。

第三、証拠〈省略〉

理由

一、主位的請求の請求原因1及び2の事実は、当事者間に争いがない。

二、代物弁済の成否について判断する。

1. トシが昭和五八年一〇月一一日控訴人に対し三〇〇万円を、弁済期同月末日と定めて貸し渡したことは、当事者間に争いがない。

2. 〈証拠〉によれば、控訴人はトシから右三〇〇万円を借り受けた際、弁済期に弁済できないときは本件土地を代物弁済として引き渡す趣旨で本件土地の権利証をトシに交付したこと、控訴人は弁済期が到来しても弁済をすることができず、トシが催促をしたところ、控訴人は同年一一月二日トシに対し本件土地を代物弁済としてとってほしい旨を申し出て、自己の委任状と印鑑証明書を交付したので、トシはこれを承諾し、同日本件土地につき代物弁済予約を原因とする所有権移転請求権仮登記をしたこと(以上のうち、トシが権利証、委任状及び印鑑証明書の交付を受けたこと並びに右仮登記をしたことは争いがない。)その後トシは本件土地を養子である被控訴人に無償で譲渡することとし、売主を控訴人、買主を被控訴人とする土地売買契約書(甲第四号証)に控訴人の押印を得、昭和五九年一月一二日右仮登記の抹消登記をするとともに、控訴人から直接に被控訴人名義に売買を原因とする所有権移転登記をしたこと、以上の事実が認められる。

3. 右に認定した事実によれば、控訴人は昭和五八年一〇月一一日トシから借金をするに当たり、その債務を担保するため、不履行のときは債務の履行に代えて本件土地の所有権をトシに移転することを内容とする代物弁済予約を締結したもので、これは仮登記担保契約にほかならないと解すべきである。この場合、トシが控訴人の債務不履行を理由に本件土地の所有権を取得するには、仮登記担保契約に関する法律二条に則り、控訴人に対し清算金の見積額を通知し、右通知到達後二か月の清算期間を経過することを必要とする。もっとも、本件においては、控訴人は弁済期経過後の昭和五八年一一月二日自らトシに対し本件土地を代物弁済とする旨を申し出、翌年一月仮登記に基づかないでその次の順位でもって任意被控訴人名義に所有権移転登記をしたことは前認定のとおりであり、これによってみれば、控訴人とトシは前記仮登記担保契約とは別個に同一の物件について新たに代物弁済契約をしたものとみることが可能である。しかし、同法三条三項は清算金の支払について清算期間経過前になされた債務者に不利な特約を無効とし、債権者による暴利搾取の禁圧を期しているのであり、このことからすると、債権者が仮登記担保契約とは別個の代物弁済契約により目的物件を丸取りすることをも禁止するのでなければ、同法の趣旨の徹底は図れないといわなければならない。すなわち、右のような代物弁済契約は、当初の仮登記担保契約について事後に清算金の支払を不要とする特約をしたに等しいものであるので、同法三条三項の規定に照らし無効で、所有権移転の効果は生じないと解するのが相当である。したがって、トシから贈与を受けたという被控訴人(トシの養子)も権利を承継することができない。

4. 被控訴人は、本件において控訴人が所有権移転登記の抹消を求めるのは信義則上許されないと主張するが、控訴人が自ら承認して行ったことであっても無効とされるのは、そうすることが法の達成しようとしている目的のために必要だからであり、トシからの転得者である被控訴人に対しその所有権移転の無効を主張することが信義則に反するとすべき理由はない(なお、この場合、トシ名義の所有権移転請求権仮登記はすでに抹消されているが、これは錯誤を理由に抹消回復登記をなし得ると解すべきであろう。)。

三、以上の理由により、控訴人の被控訴人に対する本件土地についての所有権移転登記の抹消登記請求(主位的請求)は正当として認容すべきであるので、これと異なる原判決を取り消し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 藤井正雄 武藤冬士己)

〈以下省略〉

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